実存主義って何?a flood of circleのI’M FREEに意味を繋げてみる

2022年9月28日考察してみた

ニヒリズムと空洞です

これを読んでくれているあなたにも、虚無感に襲われるような経験ってのが、今までに何回かは、あるのではないでしょうか?

え?そもそも虚無って何?っていう方に話をしますと、例えるなら、何時間も、何日も掛けて費やした、スーファミのデータが消えた瞬間のあの感じです。

散々、熱を注いで来たものが、一瞬で無になる感覚。

つまり、喪失感に近いのかなと。

その点で言えば、失恋とかも、虚無感に含まれるのかと。

以下の記事のように、バックアップが取れる領域の話ではありませんからね。

参照記事:あなたのPCデータは必ず消える!バックアップを取るなら【HDDケース】が最適解

心に穴が空くって言うけど、それって、そこに何かがあったからこそ、穴が空くような感覚に陥るんですよね。

ゆらゆら帝国の【空洞です】みたいな。

実存主義の台頭と破壊された意味

キリストと本質主義

産業革命の時代もそうなんですが、この虚無感が、地球上で最も最大化された時代ってのがあるんですよ。

1945年の第二次世界大戦が終結した、戦後の世界です。

全ての街どころか、凡ゆる意味も破壊されました。

更に、ホロコーストによるユダヤ人虐殺が明るみになった事で、人々は、人間が潜在的に持っていた残虐性を突き付けられた訳です。

唯一絶対の神、キリストも存在しないんだろうなーと、気付きつつもあった時代。(もし全知全能の神が存在するなら、あんな悲惨な結果にはならないから)

そして蔓延するニヒリズム。

そこから急速に広まった思想が、【実存主義】なんですよね。

「実存は本質に先立つ」って言ったサルトルのペーパーナイフ

実存は本質に先立つ」って言ったのが、フランスの哲学者である、ジャン=ポール・サルトルでした。

此処での実存ってのは、現実に存在している事であり、本質ってのは目に見えない意味とか、価値だと思ってもらっていいです。

中世のスコラ哲学に於いては、実存本質ってのは、二項対立的に対比されています。

此処で言う「実存は本質に先立つ」ってのは、つまり、意味とか価値とか、それ以前に、人間が存在しているっていう事を言っています。

つまり、本質ってのは、人間の主観的な後付けに過ぎないって事です。

サルトルは、ペーパーナイフを例に挙げていましたが、あんまり親近感が湧かないと思うので、此処ではハサミを例に挙げます。

例えば、ハサミって日常的に使いますよね。

あれは、何かを切る為に作られています。

ハサミを製造する意味もわからずに、ハサミは生み出されない。

つまり、ハサミの作り手は、【何かを切る為】っていうハサミの本質を知ってるからこそ、ハサミという名の【実存】を作る事ができる。

この場合、【実存本質に先立つ】の文脈で言えば、【本質実存に先立つ】っていう逆のパターンになる訳です。

何も切れないハサミがあったら、最早ただの物体です。それでも実存ですけどね。

本気で壊すことは本気で創ることとおんなじ

倒れるキリスト

だとしたら、人間はどうでしょうか?人間が作られた意味なんてありますか?

そんものは存在しませんよね。

だから、「実存は本質に先立つ」って事です。

ただ、今から約200年前の時代では、人間は、神の創造物だと本気で信じられていました。

キリスト教が、価値判断の中心にあったんです。

それ故に、自分の人生には、意味も価値もあるのだと考えられていた。

ニーチェの言う「神は死んだ」ってのは、これら本質に対するカウンターだった訳です。

更に、サルトルは「人間は自由の刑に処せられている」とも述べています。

誰かが決めた事に依存して生きるってのは、不自由だけど無責任でいいんですよ。

例えば、会社の役職に置き換えてみると、わかり易いかと思います。

一番下っ端なんかは、言われた事を言われたようにしていればいいと言う点で、不自由だけど楽ですよね。

それが経営者の立場になれば、常に決定権を持つ分、自由だけど大きな責任を伴う。

確かに、「特定の道徳に沿って生きてるから正しい」っていうロジックで生きてる方が、楽ですよね。

こうすれば天国に行ける。こうしたら地獄に堕ちるっていう基準に沿って、絶対的な価値、所謂、神の教えを正しいと信じる人は、正しくありたい訳です。

何故、正しくありたいかっていうと、「これをやってれば大丈夫」っていう、権威からの承認に頼らないと、不安なままだから。

自由に伴う、不安に耐えられない。

つまり、自分で自分を肯定できないからこそ、本質主義的な考えに落ち着くと。

それが所謂、奴隷道徳ってヤツです。

奴隷道徳に従ってしか生きれない者を、ニーチェは弱者だと呼びました。

参照記事:ルサンチマンって誰だよ!?

ロー「弱ぇ奴は死に方も選べねぇ」

出典:ONE PIECE/67巻/107p

このブログでも、何回も登場させてしまう、トラファルガー・ローのこのシーン。すごい好きなんですよね。

哲学のフィルターを通して見ると、自分が惹かれてしまう人間性って、実存的な色を持ってるなーと、改めて思います。

自由を享受するってのは、責任が伴うので、自分自身が強くある必要があります。

これは、ONE PIECEという漫画の根底にあるロジックでもある。

自分の人生は、自分で主体的に決める。ルフィの言う「命を掛ける」ってのはそういう事です。

もう、一巻の時点でこう言ってますね。

「おれがなるって決めたんだから、その為に戦って死ぬんなら別にいい」

その意味で言えば、a flood of circleI’M FREEって曲は、まさに実存的なんですよね。

I’M FREE 成功だと?金の話か?ギャラか?印税か?ミュージックに価値はあるか?

もともと価値なんかないもんだと 言ったボブディランを信じる

出典:I’M FREE

a flood of circle/佐々木亮介

I’M FREE 君はどう思う 君の価値は君にしか決めらんない君のジャッジメント

形ないものを爆破しにいく 壊さなきゃ始まんないから

出典:I’M FREE

a flood of circle/佐々木亮介

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mikio
以上、mikioでした。ありがとうございました。
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