西洋特有の上位概念の源流をプラトンにまで遡る

2019年8月30日思考のデザイン

古代ギリシャ

東洋と西洋の対比ってのは、ここ1年くらいの間ライフワークとして、念頭にありました。

っていうのも、昔テレビでやってたSENSORSっていう番組とか、NewsPicksっていうソーシャル経済メディアの中で、落合陽一(敬称略)が東洋と西洋の違いを用いているのを見ていて、「あー面白い」って思ったのが始まりにあります。

そもそも全く興味の無かった過去の歴史に、興味を持つようになったのも、先述したような落合陽一の語り口に影響があります。

彼の言動を追っていると、未来が見えているかような発言が多いんですよね。

で、よくよく聞いてると、過去の歴史の事例を引っ張りながら、未来を予測してるんです。

それが鮮やかだなぁと。

その辺から、東洋的なものと西洋的なものを意識的に探すようになりました。

で、今回は古代ギリシャの哲学者であるプラトンのイデア論から、連綿と続く西洋思想の特徴が、西洋の庭園のデザインと繋がってる!と気付いたので記します。

プラトンのイデア論とディープラーニングの認識

ソクラテスって言えば、誰もが聞いた事くらいはあるであろう、哲学者の祖ですよね。

で、プラトンてのは誰か?っていうと、ソクラテスの弟子にして、世界で最初の大学(アカデメイア)を創設した男だったりします。

で、イデア論ってのは何かっていうと、日常で見えているもの、実在する物体は【影】に過ぎない。そんな話なんです。

どういう事か?

人間の精神、魂的なものは、そもそも【イデア界】っていう場所にあったんだ。それを、この世に生まれた時には忘れてしまっているんだ。

っていうのがプラトンの説です。

「魂?非科学的だなー」とか、「オカルト過ぎるわー」とか思いますよね。

でもこれ、2500年くらい前の時代で言ってる事なんでね、それはいいんですよ。

それより凄いのが、じゃあ、なんでそんなイデアとか、よくわからない事を言い出したんですか?っていう話でして。

プラトンが言うには、「なんで猫は猫だってわかるのか?」「なんで犬は犬だってわかるのか?」「これをどうやって定義するの?」っていう問いがあったんですよ。

どんな動物も、特徴が全て同じって事は無いじゃないですか。

犬種にも、柴犬とか、ダックスフンドとか、ゴールデンレトリバーってのがあるのは勿論、模様が違ったり、目の色が違ったり、場合によっては怪我をして、傷があるかもしれない訳ですよね。

その微妙な認識の違いがあっても、人間には、犬が犬だって事を認識できる。

例えばこれを、人工知能がやろうとすると、そう簡単にはできないんですよ。

2012年くらいに、ディープラーニングっていう手法で、やっとGoogleのアルゴリズムが猫を勝手に認識させる事に成功したんですよね。

人間の脳(ニューロン)を模倣した演算プログラムに、何百、何千万枚もの犬とか猫とかの画像を見せる事で、機械的にパターン認識を微調整しまくった。これでついに、機械自身で区別できるようになったんですよ。

それくらい人間の脳は、結構な事を自然とやってのけている訳です。

で、プラトンの結論に帰っていくと、何故なら「忘れてるだけだから」っていう解釈に繋がってきます。

つまり、犬のイデア、猫のイデア、といった具合に、完璧な形をした実在がイデア界にはある。

それを知ってるから、思い出せるから、それぞれの特徴を認識できる。これがイデアの考え方です。

だから、人間が学び取って、知っていく事は、既に知っていた事を【思い出す】事だと、プラトンは表現しているんですよね。

これが所謂、想起説(アナムネーシス)って言われる概念です。

洞窟の比喩で語られる【影】

イデア論に関しては、【洞窟の比喩】を用いて、プラトンは解説しています。

洞窟の奥に、子供の頃から手足を縛り付けられた囚人がいますと。

で、囚人は目の前の壁の方にしか向けない状態になっていて、背後を振り向く事はできない。

背後には火が灯っていて、衝立の上で動かされる人形が、壁に投影された影を見ている。

囚人達は、それの影こそが現実だと思い込んでいる。っていう比喩です。比喩ですよ。

ちょっと設定が意味わかんないんですけど、今風に言えば、現在見えている世界ってのは、画面を通して見てる映像に過ぎないって感じに、置き換えられます。

映像の世界の方を、現実だと思い込んでる。VRの世界を方を、現実だと思い込んでいる。

それが此処で言う【影】だと。

マトリックスの仮想現実とか、インセプションのみたいな世界観ですよね。

この状況だと、確かに光の概念が無いのだから、それが影だって事すら認識できないですよね。

で、ソクラテスが死刑にされた背景を、弟子であるプラトンは、洞窟の比喩に重ねているようです。

背後の世界に気付いたソクラテスは、囚人達を洞窟の外へ連れ出そうとしたんだと。

しかし、影の方を信じている人からは、ただの危険因子だと見做されて、殺されたんだって話です。

この時点で既に、というか、ここら辺から、西洋特有の縦に伸びる上位概念があったんだなーと思ったんですよね。

これはプラトニズムっていって、後のキリスト教の思想と重なっている事から踏襲されていった事で、西洋的な思想に大きな影響を与える事になります。

西洋特有の上位概念にある父性的な価値観

西洋の思想としては、上の方に、何か普遍的な真理があるっていう考えが強いです。

メタフィジカ(形而上学)のメタですよね。

西洋は、日本のように横の関係性というよりも、縦の関係性が強い。これは父性的な文化とも言えます。

それが如実に見えるのが、西洋の庭園のデザインなんですよね。

デカルトが肉体を別のものとして考えたように、西洋は、父性的な文化を軸とするので、精神と肉体を分断する二元論が主流です。

参照記事:「妖怪のせいなのね!?」【ようかい体操第一】とデカルトの方法的懐疑

この父性母性っていう観点から、文化的な違いを見ていくと、面白いんですよ。

ここで言う父性母性っていうのは、宗教的な特徴の事を指します。

性別に依存した名称だと、ちょっと紛らわしいですよね。

別に父性を持った女性も居るし、母性を持った男性も居ると認識してもらえると、意味を住み分けできるかと思います。

じゃあ父性的な機能と、母性的な機能の違いって何?っていうと、【切断】と、【包含】です。

これは、日本人として初めて、ユング派分析家の資格を取得した男である河合隼雄(敬称略)の本にあった話。

西洋と東洋との宗教について、以下のような対比をさせています。

  • 父性の切断=分離し区別する事
  • 母性の包含=全てを包み込む事

西洋的な切断の文化は、善と悪、天と地、白と黒、のように厳しい分類が行われる。

片や、東洋的な包含の文化は、子供を暖かく包み込む一方で、母なる世界から【個】として出ていくのを許さない力が働くっていうものです。

なんとなく、ニュアンスは掴めましたか?

東洋日本母性包含宗教っていうキーワードが繋がってくると、今の日本の息苦しい感じとか、【空気を読む】っていう言い回しの奥にあるものを、読み解ける気がします。

西洋の人からすれば、「空気って何?自分の主張は?」みたいな話になるのも頷けますよね。

という事で長くなってしまいましたが、前提はこの辺までにして、次回は、日本西洋庭園デザインについて比較してみます。

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mikio
以上、mikioでした。ありがとうございました。
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