【武士道】2020年東京オリンピックに向けて日本人が知っておきたい大和魂の源流【ONE PIECEで解説】

2019年8月30日読書レビュー

新渡戸稲造

mikio(@mikio_96 )です。どうも。

今回は、原著の【】2冊(岬龍一郎訳)(関岡孝平訳)と、漫画でライトに解説されている【】の、延べ3冊を読んでみました。

そこから見えて来た、「武士道って何なのか?」について、此処で整理してみます。

日本のサムライ文化は、海外の人にとっては、知名な文化の1つと言えます。

例えば、スター・ウォーズの生みの親、ジョージ・ルーカス(敬称略)は日本好きです。

従って、黒澤明(敬称略)の作品に、多くの影響を受けていると言われています。

ジェダイの騎士は、日本の【時代劇】の【ジダイ】に由来している。と云う説が一般的です。

その為、ライトセーバーに対するジェダイの騎士の精神性と、刀に対する武士道の精神性とは、類似したものがあります。

新渡戸稲造の【武士道】が執筆された背景

【武士道】が執筆された経緯には、以下のような契機がありました。

10年ほど前、ベルギーの高名な法律家で、今は亡きド・ラブレー氏のお宅に数日滞在し、温かいおもてなしを受けたことがあった。

ある日2人でいつものように散歩していると、話題が宗教のほうへと向かった。

「今何とおっしゃいましたか?」と敬愛する教授は尋ねた。

「日本の学校には宗教の教育がないということでしょうか?」

そうですと答えると、教授は驚いて足を止めた。

そして、今でも耳から離れない声音で、重ねてこう聞いた。

宗教がない! だとしたら、いったいどうやって道徳を教えるんですか?

この質問に私は意表を突かれ、とっさに答えを返すことができなかった。

というのも、子どもの頃私が学んだ道徳というのは、学校で教わったものではなかったからである。

出典:武士道/新渡戸稲造

この出来事から、新渡戸稲造は自らが封建社会のもとで生きた者として、約10年の月日を掛けて、日本人の道徳教育の本質を分析する事になります。

更に、当時の日本、新渡戸稲造を取り巻く状況として、以下のような背景がありました。

1868年、江戸城が無血開城し明治維新を迎えた日本は、欧米諸国に進出してグローバル化の波にさらされていた。

そして、日清戦争と日露戦争を経験すると、アジアから初めて世界の列強と肩を並べる国が出てきたと、世界的な注目を集めはじめる。

しかし、それと同時に、日本人は奇妙で、野蛮な民族だと数々の無理解と偏見の目で見られることになった

出典:現代語新訳 世界に誇る「日本のこころ」3大名著/関岡孝平

その誤解に対し、日本の文化を世界に伝える為に執筆された本の一つが、【武士道】でした。

従って、日本語ではなく、英語で書かれています。

更に、そこに書かれている内容は、海外の偉人による思想、名言等、引用のオンパレードです。

英語で書かれた論文で、尚且つ、新渡戸稲造のこの博識な筆致。

もうこれだけで、【野蛮な民族だ】と云う蔑視、先入観は払拭された事でしょうね。

そりゃそうですね。後の旧5千円札の人ですからね。

日本人なら、誰もが知った顔の人だったりしますからね。

丸いメガネにヒゲの人。

因みに現在5千円札の人は樋口一葉です。

その結果、【武士道】は英語に留まらず、ドイツ語、ポーランド語、フランス語、ノルウェー語、ハンガリー語、ロシア語、イタリア語など多くの国で翻訳される、世界的なベストセラーとなりました。

しかも、アメリカの大統領、セオドア・ルーズベルトが、自ら【武士道】を読み、かつ友人に配ったと云うエピソードもあります。

個人的には、この引用の多用ですが、却って読みにくかった印象を残しました。

勿論、それらについての知識があれば、理解も促進されたのだろうとは思います。

ただ、僕のように浅学な人間には、よく解らない引用を多用されても、結局は、余計によく解らないのです。

これは単に勉強不足なだけので、個人的な問題でしかないんですけども。

さて、先述したグローバル化の波にさらされている点に於いては、正に、現代の日本人に重なる状況とは言えませんでしょうか。

味噌汁’sの、【にっぽんぽん】と云う曲のフレーズのような気持ちで、これからオリンピックを迎える日本人。

そして、四方を海に囲まれた島国、日本。その独自の文化的背景。

この辺で、母国である日本人のルーツくらいは、改めて知っておきたいじゃないですか?

僕は日本人 君は外国人

そんなに目を見つめないでよ

ハイタッチばかり求めないでよ

約200年も鎖国してたんだ

人一倍の人見知りなんだ

おかしなテンションのままに

戦争したらコテンパンにやられたんだ

そんな幼気な僕ら かわいがってね

世界中の皆さん どうぞよろしくね

出典:にっぽんぽん 味噌汁’s/ジョン次郎

大和魂のベースとなる【武士道】の定義

日本人の道徳観念を、形成してきたと言われている【武士道】について。

そもそもに於いて、武士道とは、誰か特定の偉人が決めたものではなく、武士社会の成長と共に育まれました。

まるで、お酒や醤油のように、時間を掛けて醸成されたものだと言えます。

武士道とは(中略)せいぜい口伝で受け継がれたものか、著名な武士や学者の筆から生まれた、いくつかの格言によって成り立っている事が多い。

いや、それはむしろ不言不文の語られざる掟、書かれざる掟であったというべきであろう。

出典:武士道/新渡戸稲造

それだけに、【武士道】の明確な定義は無いようです。

武士道(ぶしどう)は、日本の近世以降の封建社会における武士階級の倫理・道徳規範及び価値基準の根本をなす、体系化された思想一般をさし、広義には日本独自の常識的な考え方をさす。

これといった厳密な定義は存在せず、時代は同じでも人により解釈は大きく異なる。

また武士におけるルールブック的位置ではない思想である。

一口に武士道と言っても千差万別であり、全く異なる部分が見られる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

【武士道】の起源に対しても、明確な時と場所を指す事は出来ず、封建制の時代の中で自覚され始めたものだとしか言えないようです。

封建制度とは

因みに封建制度とは、一言で言うと【土地を介した主従関係】の事です。

これは農業が、産業の中心となっている事が前提の仕組みです。

但し、日本とヨーロッパでは封建のニュアンスが違うようですね。

そして、封建制度を基盤とする社会から、日本人の美徳とされる、滅私奉公の価値観が根付くようになったと言われています。

滅私奉公とは

私利私欲を捨てて、主人や公のために忠誠を尽くすこと。

「滅私」は私利私欲を捨てること。

「奉公」は国や社会などの公、または、主人や主君・上位の者などに自分の身をささげて尽くすこと。

出典:goo辞書/四字熟語

この封建制度ですが、最終的には江戸幕府の崩壊後、明治維新によって否定されました。

それでも、封建社会によって刷り込まれ、美化された滅私奉公の意識は、未だに日本人の精神性に根付いている。

何故なら、空気を読むとか。日本人は働き過ぎだとか。そんな話に繋がって来るからです。

過労死なんて、その弊害の典型のようなものです。

海外の人からすれば、異質な話ですもんね。

【武士道】を形成する七つの徳目

明確な定義が無い、と云う意味に於いて、曖昧な認識であった日本人の大和魂を、体系的に言語化しようと試みたものが【武士道】なのだと解釈しています。

新渡戸稲造の【武士道】で、メインとなっている論点は、七つの徳目です。

【武士道】はどんな特徴を持ち、どのようなことを教えようとしているのか

これを、【義】【勇】【仁】【礼】【誠】【誉】【忠義】の観点から、解説しています。

【義】

【義】ってのは、武士にとって最も厳格な徳目です。

何故なら、面目を重んじる武士にとって、卑劣で、不正な振る舞い程、忌まわしいものは無いからです。

真木和泉守(敬称略)は、「武士の重んずるところは節義である」と述べています。

節義とは

節操と道義。人としての正しい道を踏み行うこと。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

節義とは、人の体で言うと、だと。

骨が無ければ首も正しく載っていられないし、手も動かず、足も立たない。

つまり、才能や学問があっても、節義が無ければ武士ではない。と云う事です。

それ程、武士にとってのバックボーンになる徳目なのだと言えます。

【勇】

【義】と【勇】は、七つの徳目の中でも、双子のような関係にあります。

両者共に、男性的な武徳だからです。

【勇】とは、自分の【義】に反する事に対して、躊躇いもなく命を懸ける事です。

例えばそれは、以下の記事で紹介した、ONE PIECEのルフィのような行動の事を指します。

参照記事:「これしかやらねぇ」VS「これしかできねぇ」/3コード

但し、死に値しないものの為に死ぬ事は、所謂【犬死】であり、それは【勇】ではなく、【匹夫の勇】とされ、蔑まれました。

「戦場に飛び込み、討ち死にするのは容易く、身分の賤しき者にも出来る。生きるべき時に生き、死ぬべき時にのみ死ぬ事こそ、真の勇気である。」

と述べたのは、あの有名な水戸黄門(敬称略)だったりします。

この為、武士は少年の頃から【大義の勇】と【匹夫の勇】の区別を学びます。

【義】と【勇】を実行する為には、その根拠となる、肉体の鍛錬が必要です。

それ故、武士は【文武両道】を目指していました。

ONE PIECEの、トラファルガー・ローも言ってますね。

弱ェ奴は死に方も選べねぇ」と

ロー「弱ぇ奴は死に方も選べねぇ」

出典:/67巻/107p

厳密には、ドフラミンゴの言葉のようですが。

ドフラミンゴ「弱ぇ奴は死に方も選べねぇ」

出典:ONE PIECE/76巻/128p

この記事では言及しませんが、男の死に様については、武士の【切腹】の話に繋がってゆきます。

武士にとって【切腹】は、名誉ある死に方だったのです。

つまり、生きるべき時に生き、死ぬべき時に死ぬ事を、全う出来るって訳です。

【仁】

先述した【義】と【勇】が、男性的な徳目とするならば、【仁】は女性的な徳目と言えます。

例えば、【武士の情け】は、この【仁】の精神に由来するものです。

戦国大名の伊達政宗は

仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。

と言ってます。

「甘さと辛さのバランスよく考えて!よろしく!」的な。

なんか、ファッションの甘辛mixみたいな話です。違うか。

また、武士道に影響を与えた【儒教】の思想家、孟子は

仁は人の良心なり、義は人の道なり

と述べています。

つまり【仁義】ですね。

これは【儒教】に於いて、最も重んじられている根本理念です。

この【仁義】って言葉、昭和のヤクザものの映画などと、密接に繋がって来るイメージがありませんか?

ヤクザ絡みの言葉って、本来の意味とは捻じ曲がった使い方となって定着しているので、よく知らないと、調べたところで却って混乱します。

この【仁義】に関しても、【仁義を切る】と言って、初対面の相手に対する挨拶の意味が含まれます。

「お控えなすって」と、掌を返して、腰を低くさせるアレです。

【男はつらいよ】の寅さんもやってますよね。

こんなヤツ↓

(昔、職場の同僚が退職する時に頼まれた似顔絵)

お控えなすって

これは、お辞儀の辞儀が転じて、【仁義】になったのだとか。

現代で言うところの、名刺交換のようなものですね。

先述したように、ヤクザの世界って、この古代中国の思想、【儒教】がベースになっていると言われています。

例えば、【儒教】ってのは、子が親を敬う事を重んじる思想なんですよね。

ヤクザの世界も同様です。以下のように

伝統的な親子盃の儀式で

実の親があるのに今日ここに親子の縁を結ぶからには、親が白といえば黒いものでも白といい・・・

という口上が述べられるように、子分は親分に対して絶対的に服従し、親分は子分を我が子のごとく保護する家父長主義的な関係が求められる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ONE PIECEで度々登場する、(さかずき)の描写は勿論、これがモチーフです。

Left Caption

mikio

この辺の話も、いつか記事として整理したいんですよね。

従って、【仁義なき戦い】ってのは、この【仁義】が無いって事です。

盃を交わした筈の親子や兄弟が、私利私欲の為に、不誠実な態度を取るって事です。

滅私奉公の逆ですね。

ONE PIECEで言うと、ルフィがエースを助けに行かない。とか、そればかりか殺してしまう。みたいな話なのです。

【礼】

礼は、その最高の形においては、ほとんど「愛」に近づく。

出典:武士道/新渡戸稲造

礼ってのは、思いやりを型にしたもの。つまり、所作の事です。

最善の方法というのは最も経済的で最も優雅な方法である。

イギリスの哲学者スペンサーは

優雅さとは最も経済的でむだのない動きのことだ」と言っている。

日本の茶の湯では、茶碗や茶杓、ふくさなど、それぞれについて取扱いかたが厳密に定められている。

茶の湯を知らない者にとって、それは退屈以外の何ものでもないが、一度経験すれば、その定められた方法が結局最も時間と労力にむだのない方法であることがすぐに分かる。

つまりは最も経済的な力の使いかたであり、したがって、スペンサーの定義によれば、最も優雅な方法だということになる。

出典:武士道/新渡戸稲造

「優雅さとは経済的な力の使いかたである」という説が正しいとすれば、論理的な帰結として、いつも優雅に振る舞っていれば、力が節約されて蓄積していくことになる。

美しい所作というのは、したがって、力を持っていながら、それを休ませている状態である。

出典:武士道/新渡戸稲造

一切は誠に始まり、誠に終わる。誠がなければ、何もないに等しい

孔子がそう言ったように、礼儀正しさも、【誠】が伴わなければ単なる茶番。

他者を思いやる気持ち。

所謂、【オ・モ・テ・ナ・シ】ですね。

これが内側から滲み出る所作。

それこそが【礼】であるって話です。

でも僕は、逆だと思っていて、基本的に人間は出力重視で設計されているので、所作によって優雅な精神性を呼び込むのではないかと。

つまり、所作は優雅さ(心の豊かさ)のスイッチになる。

【誠】

【誠】と云う言葉は、言った事を成すと書きます。

つまり、有言実行の事ですね。

【武士の一言(いちごん)】と云う言葉があります。

これは、以下のような話。

武士がいったん口にすれば、決して違えることはないということである。

武士の言葉にはそれほどの重みがあり、武士の約束は証文なしで交わされ、かつ履行された。

証文を取り交わすなどというのは武士の面目にかかわることだった。

「 二言」、つまり二枚舌を使ったことによって、死をもって償わなければならなくなった武士の空恐ろしい話がいくつも残されている。

出典:武士道/新渡戸稲造

そういえば、ONE PIECEの61巻に、三枚舌のデマロ・ブラックってのがいたなぁ。

偽物の麦わら海賊団

出典:ONE PIECE/61巻/90p

デマロ・ブラック

出典:ONE PIECE/61巻/155p

話が逸れましたが、武士にとっては、誠実さと名誉とが最も確かな保証でした。

だからこそ、【武士に二言はない】事に、説得力が生まれるのです。

武士に二言はないとは

武士は信義と面目を重んじるものだから、一度口にしたことばを取り消したり、約束を破るようなことはしないということ。

出典:故事ことわざ辞典

これが転じて、「男に二言はねぇ」って話に繋がっています。

日本史上最強の剣客集団【新撰組】が、シンボルとして掲げた【誠】の旗は、主君に対する【忠義】と、【誠に生きる】と云う信念が込められていました。

【誉(ほまれ)】

【誉】は、換言すると面目の事でもあり、それは逆に言うと、を知るって事です。

これはONE PIECEの世界でも、重要なキーワードとなっています。

【顔を立てる】とか、【面目】とか、【恥をかく】とか。

正義の面目丸潰れ

出典:ONE PIECE/79巻/149p

例えば、格好が付く格好が付かない。って言い回しを見ていると。

男が【格好良いもの】に憧れるのは、潜在的に、【誉】の精神がそれを求めているからなんじゃないか。

なんて思いました。大袈裟ですかね。

ただ、これが度を過ぎると、以下のような話になってしまう訳です。

ひとりの町人が武士に対して「背中をのみが飛び跳ねている」と親切心から注意したところ、ただちに一刀両断されたという。

その理由というのが、何とも言いようのないばかばかしいもので、のみというのは動物にたかる寄生虫であり、誇り高き武士を獣扱いするのは許しがたい侮辱だというのである。

出典:武士道/新渡戸稲造

まぁ、分別のある武士なら、刀を抜くべき時くらいはわきまえている筈です。

上記のように、正しく刀を扱えない者は、腰抜けか、虚勢を張る者でしかないとされていました。

その上、ちょっとしたことで腹を立てる者は、「気短者」と言われ、馬鹿にされていたんです。

ONE PIECEの1巻で

「そいつ(ピストル)は、脅しの道具じゃねぇぞ」

って、シャンクスが言っていたのを思い出します。

武士は、富よりも名誉を重んじる性質を持っています。

武士道や騎士道は経済原理とは無縁であり、むしろ貧しいことを誇りにする。

シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』の登場人物、古代ローマの武将ヴェンティディウスは次のように言い放つ。

「功名心は武人の美徳ではあるが、その名を汚すような勝利を得るくらいなら、むしろ敗北を選ぶ」

出典:武士道/新渡戸稲造

武士道が節約を旨としていたのは事実であるが、それは経済的な理由からではなく、節度ある生活を送るためであった。

贅沢は人間の最大の敵と考えられ、さむらいは極度に質素な生活を送ることが求められた。

出典:武士道/新渡戸稲造

恥を逃れ、名を得るためなら、さむらいの子はどんな貧困でも甘んじて受け、どんなに厳しい肉体的精神的試練にも耐えた。

出典:武士道/新渡戸稲造

武士にとって贅沢は、人格に悪影響を与えると考えられていました。

従って、どんな武士でも、基本的には一汁一菜の質素なランチだったそうな。

さて、この面目と、その裏にあるに対する意識は、1つのキーワード。

【痩せ我慢】に通ずるものがあります。

例えば以下の、ことわざ。

武士は食わねど高楊枝とは

武士は貧しくて食事ができなくても、あたかも食べたかのように楊枝を使って見せる。

武士の清貧や体面を重んじる気風をいう。また、やせがまんすることにもいう。

出典:デジタル大辞泉

昔から、一つだけ確信していたのは、男の美徳は【痩せ我慢】にあると云う点です。

従って僕は、大の男が、体調不良や痛みを伴う時に、「あー」とか「うー」とか、周囲に大袈裟なアピールをする人に対して、【気持ち悪い】と思ってしまう価値観の持ち主です。

【男は黙って】って、クールポコも言ってるじゃないの。

これも巡り巡って、間接的に武士道の影響を受けていたんでしょうか。

涙を流したり、声をたてたり、ともかく感情を外に出すのを禁じられて育った少年少女を想像してみてほしい。

医学的な見地から見たとき、そんなふうにして育った少年少女の心は鋼のように強くなるのだろうか、あるいは逆に感じやすくなるのだろうか。

さむらいにとって、感情を顔に出すのは男らしくないことだと考えられていた。

「喜怒哀楽を表に出さない人」というのは、優れた人格者をほめる決まり文句であった。

愛情という、人にとって最も自然な感情すらも抑えるのが当たり前であった。

出典:武士道/新渡戸稲造

自分で選んだのか、いつの間にか刷り込まれていたのか、いずれにしろ、感情の抑制に対する美徳は、上記に由来する価値観の1つですね。

【忠義】

【忠義】ってのは、主君に対する献身的な態度を指します。まさしく滅私奉公の精神。

しかし、この【忠義】ですが、奴隷のように抑制・従属を強いられている訳ではありません。

飽くまで、武士自身の【義】に値するものに対して、主体的に忠義心を示す事なのです。

以下にあるように、主君の命令を、盲信する事ではないのです。

自分の良心を捨ててまで、主君の気まぐれや戯れ、思いつきに従う者は、武士道では低い評価しか与えられなかった。

そういう家臣は「 佞臣」、すなわち恥知らずなこびへつらいによって主君に取り入る卑屈な家臣として、あるいは、「 寵臣」、すなわち奴隷のようなお追従で主君の寵愛を勝ち取る家臣として軽蔑された。

出典:武士道/新渡戸稲造

例えば、自分が親だったら、子供の為なら死ねるって思えるような、感情が芽生える筈。

種の保存を基盤とした、動物に予め備わっている行為。一般的に言われる【愛】のようなものが、【忠義】のベースにはある。

以下の曲は、「死んでもいい」とか言ってるけど、【あなたと一緒に生きたくてしょうがない】って気持ちを歌ってるのだと、僕は解釈しています。

あなたがこの世界に一緒に生きてくれるのなら

死んでもかまわない あなたのために

あなたがこの世界に一緒に生きてくれるのなら

月まで届くような翼で飛んでゆけるのでしょう

出典:駆け抜けて性春

銀杏BOYZ/峯田和伸

因みに、この曲をカラオケで歌うとドン引きされます。構わず歌うけど。

そして【忠義】は男性のみの徳目ではなく、当時の女性にも同じ事が言えました。

所謂、内助の功とはこの事。

女性が夫や家、家族のために身を捨てることは、夫が主君や国のために身を捨てるのと同じように自発的に行われ、また名誉なこととされた。

あらゆる生命活動の謎を解くための鍵となる自己犠牲の精神が、男の主君に対する忠誠心を貫く基調音であったと同じように、女性の家庭に対する献身を貫く基調音でもあった。

男が主君の奴隷でないのと同じように、女性は男性の奴隷ではなく、女性が果たす役割は「内助」すなわち「内側からの助け」と認識されていた。

出典:武士道/新渡戸稲造

ONE PIECEで言えば、麦わらの一味は、漏れ無く船長であるルフィに対して、忠義心があると言ってもいい。

でもルフィは、仲間を支配して従わせてるわけではない。みんな勝手に慕ってるだけ。

ウソップのルフィへの想い

出典:ONE PIECE/61巻/46p

刀への感情移入は武士にとって【崇拝】の域

武士にとって、そのものである大小2本の刀は、基本的に腰から離れる事はありません。

武士道では、が力と勇猛さの象徴であった。

イスラム教の始祖マホメットは「剣は天国への鍵でもあり、地獄への鍵でもある」と言ったが、これは日本人の思っていることを代弁したようなものである。

いつもそばを離れない同志として、武士は刀に愛着を持ち、それぞれに名前をつけさえした。

敬愛を通り越して、刀は崇拝の対象にまでなった。

出典:武士道/新渡戸稲造

刀に名前ってのは、BLEACH的ですね。【斬月】とかね。

この辺の発想、久保帯人(敬称略)は武士道から着想を得たんでしょうか?

まぁそれはいいとして、此処でのポイントは、刀への愛着が崇拝レベルの武士にとって、刀に対する無礼は、その持ち主に対する侮辱と見做される点です。

ごくありふれた短刀でさえ、しかるべき敬意を払う対象であった、それを侮辱するのはその持ち主を侮辱することと同じである。

万が一、床に置かれた刀を不注意にもまたいでしまったら、どうなるか?――ご愁傷様と言うしかない。

出典:武士道/新渡戸稲造

この事から、武士同士がすれ違う際、互いの鞘同士がぶつかる事は失礼な事として認識されていました。

それを悪用して、故意に鞘当てを行って、難癖をつけた者もいたそうですよ。

因みに、日本が左側通行なのは、当時の制度をそのまま継承したものだそうで、鞘当てによる斬り合いを避ける為だったとか。

これはNHKの番組、【チコちゃんに叱られる!】で紹介されてましたね。

例えば、尾田栄一郎の読み切り作品集、【WANTED】に鞘当ての描写があります。

【WANTED】鞘当て

出典:WANTED/尾田栄一郎/114p

【WANTED】鞘当て

出典:WANTED/尾田栄一郎/115p

【WANTED】鞘当て

出典:WANTED/尾田栄一郎/115p

余談ですけど、鞘当ての定義を見てたら【恋の鞘当て】と云う言葉がありました。

恋の鞘当て

一人の女性をめぐって、恋する2人の男性が争うこと。

「昔、彼とは恋の鞘当てをした間柄でね、この妻がその本人ですよ」

〔語源〕一人の遊女をめぐって2人の武士が争うという歌舞伎(かぶき)の題材から。

「鞘当て」は、路上で行き違った武士が、相手の鞘が自分の鞘に触れたことをとがめ立てること。

転じて、つまらぬことから起こったけんかの意。

出典:ルーツでなるほど慣用句辞典

要するに、「私の為に争うのはもうやめてー!!!」って言う、アレですね。

お笑いの、ちょっとしたボケみたいなヤツ。

今更【武士道】を読み通した理由

今回、【武士道】を読んでおきたいと思った理由は、2つあります。

1つは、【ONE PIECE】に登場する男達の生き様を、読み解きたいからです。

もっと言うと、男ってなんなのか?を知りたいからです。

もっと言うと、自分がカッコイイと感じた男の生き様、死に様を見た時に、何故感動したのか

これを論理的に、把握したいからです。

此処について自覚的になれれば、これから先、自分の感動に対しても自覚的になれる。

参照記事:格好良い大人が見据えているものの正体が解ってしまった

参照記事:NHK Eテレの番組【ろんぶ〜ん】で紹介された感動の論文が面白かったので考察してみた

【ONE PIECE】の感動を綴るには、【武士道】は、必ず前提となる知識となる筈です。

男として、戦って死ぬ事が最早ほとんど無いと言える現代で、そのヒントが潜在するのは歴史にあります。

そこに【武士道】があったと。

もう1つは、デザインに通づるものがあるからです。

デザイン トークス+(プラス)と云うNHKの番組を見ていると、結構、温故知新的なアプローチが多くて、人間にとって心地の良いものって、過去の文化・生活の中にあるんだなと、感じています。

日本的なデザインとは?

そんな問いを立てると、必然的に過去に遡る事になるのです。

そこに【武士道】があったと。

Left Caption
mikio
以上、mikioでした。ありがとうございました。
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